南の小言

100年健康を作るPTの日常

私が怯んではいけない

今日はとても悲しい事がありました。

私が過去に訪問リハビリを実施していた利用者さんがご逝去されました。この仕事をしている以上利用者さんがご逝去される事は珍しい話ではありませんが、この方には他の利用者さんとは違った思入れがありました。それは単純に好き嫌いと言った話ではなく稀な事例だったからです。

 

母親と2人で暮らしていた本人(息子さん)。持病を持つ息子さんの訪問リハビリ介入が決まった時、母親は怪我により入院している状況でした。息子さんとまた一緒に暮らしたい一心で病院でのリハビリに励んでいた母親。そんな母親を今か今かと待っていた息子さんでしたが、母親の退院日前日、病状が悪化し緊急入院。あと一日の所で会うことができませんでした。悲しみに暮れる中、母親の訪問リハビリがスタートしました。コロナの影響により面会はほぼできず、息子さんの現状すら分からない期間が続きました。

そして先日、一通り治療を終え施設退院の調整に入りました。積極的な面会が可能な施設を選択し、退院後に会えることを心待ちにしていました。しかし病態が急変。急逝されました。

 

双方のリハビリに携わり、お互いがお互いを思う気持ちを直接聞いていた私は辛く苦しい気持ちになりました。入院される30分前までは元気に私とリハビリをしていました。その時の顔が今でも浮かびます。ここまで残酷な結末が待っているとは想像もしていませんでした。

 

【生きがい】の重要性を兼ねてよりお伝えしてきましたが、母親にとって息子さんの存在は紛れも無く生きがいでした。生きがいを失った人の衰退速度は異常です。今後の精神的サポートの重要性は計り知れません。

 

現在一人で暮らしている母親にとって、最も会う頻度が高い人物は私です。私が心の拠り所になる必要があります。

 

知識や技術が全てではないのが訪問リハビリ。

 

また笑顔を作ることが出来るよう取り組んで参ります。